2019年08月

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      1:  2018/12/18(火) 06:44:06.79 ID:CAP_USER9
      柳田悠岐(ソフトバンク)らの登場で、徐々に日本でも認知されるようになったフライボールの破壊力。

      日本では今も“打ち上げるな、転がせ”神話が強く、抵抗勢力が少なくないようだが、大リーグでは「フライを打て」がすっかり根付いた。今や一部は次を模索。
      フライボールではもはや、アドバンテージになりえない。

      その“次”は、ストライク、ボール、あるいは球種の判断にかかる時間をどこまで短縮できるか、そしてその精度を高めるための理論ではないかと言われているが、マイナーでトレーニングを積んだ選手らがそろそろ出てくる頃である。

      そんな流れで、フライボールの優位性について触れるのも今さらだが、その源流は案外、日本にあるのかもしれない。
      日本で活躍した2人の外国人選手の話から、そんなことを考えた。

      遡ること、1年ほど前。それまでアストロズの打撃コーチ補佐を務め、ジャイアンツの打撃コーチに就任したばかりのアロンゾ・パウエルと食事をしたとき、彼はこんな話をした。

      「広島市民球場の飛距離トップ5を調べれば、おそらく私のホームランが3本ぐらいランクインしていると思う」

      パウエルは1992年から1998年まで中日、阪神でプレイ。
      中日時代の1994~96年には3年連続でセ・リーグの首位打者のタイトルを獲得している。

      ただ、彼が言わんとしているのは、自慢話の類ではない。
      あるときその広島球場で場外弾を放つと、ダグアウトに戻ってから、1992年から2年間同じ中日のユニホームを着た落合博満氏に「ゾーサン(パウエルのニックネーム)、ゾーサン」と呼ばれたのだという。

      そのときのことをパウエルはこう回想する。

      「オチアイさんはこう言ったんだ。『あんなに飛ばす必要はないよ。フライを打ち上げて、フェンスをギリギリでもいいから超えれば、それもホームランなんだから』って」

      それからパウエルは落合氏の打撃を練習も含めて、じっくり観察するようになった。そしてやがて、落合氏の明確な意図を知ることになる。

      「オチアイさんはバックスピンをかけて、はかったかのようにフェンスの向こう側に打球を運んでいた。明らかにフライを意識して打っていたと思う」

      フライの方が本塁打にならなくても、それが得点に結びつく確率が高くなることも意識して?

      「おそらく」

       それからおよそ20年の時を経てパウエルは、再びフライボールの理論に触れることになる。
      2015年、アストロズの打撃コーチ補佐に就任したときにはもう、チームにはフライを打つ意識が、浸透していた。

      「選手はしっかりと理解していた」

      アストロズは2011年のオフにジェフ・ルーノウがゼネラルマネージャーに就任すると、様々な改革に着手した。
      常識さえも疑ってかかり、正しいのかどうか、一つ一つデータで分析。そこでたどり着いた一つが、「フライを打て」だった。
      昨年11月にフロリダ州オーランドで行われたGM会議で少しだけ彼に話を聞く機会があり、なぜ、フライボールという概念を持ち込んだのかと聞くと、
      「私自身は昔、ビンス・コールマン(1985~1997年)やオーティス・ニクソン(1983-1999年)が、打球を転がして、足でヒットを稼ぐという野球を楽しんできた」と振り返った。

      では、なぜそういう野球を目指そうとは考えなかったのか? という問いには、こう答えている。

      https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181218-00010000-wordleafs-base
      12/18(火) 5:00配信

      https://www.youtube.com/watch?v=T_47m7__HiY


      山田久志 vs 落合博満 1986年 阪急 x ロッテ

      https://www.youtube.com/watch?v=kfcacXxZLsc


      落合博満★ドラゴンズ時代の本塁打集

      引用元: ・【野球】メジャー定着フライボール革命の源流は落合博満氏にあり?!

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      1:  2019/08/15(木) 18:01:59.91 ID:ny3hUytK9
      熱戦が続く令和初の夏の甲子園。そこに高校野球史上最速投手、大船渡・佐々木朗希の姿は見られない。

      甲子園まであと1勝と迫った岩手大会の決勝で、登板はおろか、打者としても出場させなかった国保陽平監督の采配にはいまだに賛否両論が尽きないが、
      確実に言えるのは、高校野球の長い歴史の中で、これほど故障を避けるよう大切に育てられたスーパーエースはいなかったということだろう。

      高校時代に過去に例を見ない成長過程を送った投手として、これからの佐々木投手の成長に大いに注目したい。

      「日本野球史上最高の投手になるのでは」との評も、163キロという球速だけでなく、190センチを超えてなお成長する類まれな体格、
      ダイナミックかつ美しい投球フォーム、そして多様な鋭い変化球を操る野球センスの良さを見れば、決して過剰な期待でないのは明らかだからだ。

      大谷、ダルビッシュ、田中ら現役投手を超えるか?

      そうはいっても、「史上最高」となれば、ハードルはとてつもなく高い。

      大谷翔平、ダルビッシュ有、田中将大といった現役の大投手のみならず、歴史上の名投手をも超えていかなければならないからだ。

      例えば、昭和48年の選抜に、いまなお怪物と呼ばれ続ける伝説的投手が登場した。

      作新学院の江川卓だ。

      私が初めて佐々木の投球フォームを見たときに感じたのは、<江川に似ている>というものだった。

      周囲から頭ひとつ抜けた長身、左足を顔に届くほど高く上げ、そこからスムーズに体重移動していき、力むことなく鞭のように右腕が出ていく。
      ほとんど全力投球せず、8割程度の力で投げているように見えるのも共通だった。

      では、高校時代で比較して、江川と佐々木、どちらが優れているだろうか。

      バットに当てることすらできない投手!?

      江川は、3年の春と夏の2度甲子園に出場している。その際の日本中の注目と熱狂は、私の知る限り、甲子園史上最高のものだった。

      栃木県に規格外の投手がいる。点をとることはおろか、バットに当てるのすら至難の業で、三振の山を築いている――。
      その噂は野球ファンの間に流れてはいたが、令和の現代のように、テレビやネットで簡単に実際の投球を見ることはできなかった。

      多くの人がその目で怪物・江川を目撃するには、昭和48年、作新学院3年になった江川が春の選抜にたどり着くのを待たねばならなかった。

      https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190815-00840383-number-base
      8/15(木) 11:51配信

      引用元: ・【野球】高校野球史上最高の投手なのか……。佐々木朗希を江川卓と比較してみた。

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      1:  2019/08/17(土) 13:42:51.10 ID:7mn4+EwT9
      8月17日(土)第11日 3回戦

      星稜(石川) 4-1 智弁和歌山(和歌山)

      智弁和歌山 00000100000000-1
        星稜    00010000000003-4

      【投手】
      智弁和歌山:小林→矢田→池田
      星稜:奥川

      【本塁打】
      星稜:福本

      https://vk.sportsbull.jp/koshien/text_sokuhou/2019081766.html

      引用元: ・【高校野球】3回戦 星稜4-1智弁和歌山 星稜が延長十四回、福本のサヨナラ3ランで24年ぶり準々決勝進出 奥川が3安打23奪三振完投勝利

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