2017年11月

      1:  2017/11/03(金) 12:03:51.36 ID:CAP_USER9
      果たして冨樫義博氏とはどういう人物なのか。彼を最も身近な場所から見続けた「アシスタント」による
      『先生白書』(味野くにお/イースト・プレス)に、その一端が描かれている。

      著者の味野くにお氏は『幽☆遊☆白書』から『レベルE』までを担当していたそうで、休載が常態となる『HUNTER×HUNTER』の時期ではない。
      しかし本書を読んでいると、現在の状況へ至るきっかけのようなものは垣間見える。
      例えば休載の理由とされる「腰痛」だが、これは『幽☆遊☆白書』の頃から発症していたらしく、症状が出たとき冨樫氏は寝そべった状態で原稿を描いていたという。

      そのほかのエピソードで注目したのは、やはり「ゲーム」の部分。著者がアシスタントに入った当初、冨樫氏の仕事場は自宅兼用だったが、
      『幽☆遊☆白書』連載中に専用の仕事場へ引っ越すことに。スペースに余裕ができたことでさまざまな物が置かれるようになり、テレビも設置される。
      後にこのテレビで、ゲームをプレイするようになるのだ。本書にはゲームにまつわるさまざまなエピソードが出てくるが、やはり相当にやり込むタイプのようで、
      著者の置いていったゲームがいつの間にか最終ステージまでクリアされていたり、とあるアクションゲームを短時間でクリアしていたりする様子などが描かれていた。
      もちろん仕事の息抜きなのだが、プレイ中に担当編集がやってきて睨まれたこともあったようである。

      本書では冨樫氏の苦悩についても触れられている。やはり週刊連載は相当な激務であり、氏の作画がかなり荒れてきた時期もあったという。
      それでもアシスタントには優しい先生だったようで、八つ当たりしたり愚痴ったりすることは一切なかったとか。しかし冨樫氏の肉体は限界に達し、
      氏の意向により『幽☆遊☆白書』は連載終了となるのである。ちなみに現在でこそ休載が常態化している氏であるが、
      『幽☆遊☆白書』は著者がアシスタントに入ってから休載したのは1回のみだったという。

      こういった事実から考えると、冨樫氏は『幽☆遊☆白書』の時期に相当な無理をしたことが窺える。
      そして「漫画連載とうまく付き合う方法」を考えた結果、現在の形態になったのだろうと思われる。最近では休載を挟んで連載される作品も多く、
      読者の「掲載されるのが当たり前」という感覚は以前ほどではない。不満を持つ向きもあるだろうが、作家が無理をして体を壊したり、最悪亡くなったりでもしたら、
      続きすら読めなくなるのだ。「好きな作品が読める幸せ」は、描く作家が健在であってこそ。

      我々「読む側」も、連載漫画との付き合いかたを模索する時期なのかもしれない。

      https://ddnavi.com/review/410147/a/

      引用元: ・【芸能】元アシスタントが語る、 幽☆遊☆白書、HUNTER×HUNTERの漫画家「冨樫義博」

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      1:  2017/11/03(金) 11:20:52.81 ID:CAP_USER9
      [ 2017年11月3日 04:20 ]

      フジ「みなおか」&「めちゃイケ」来春終了 業績不振で大ナタ

       フジテレビの看板番組「とんねるずのみなさんのおかげでした」(木曜後9・00)と「めちゃ×2イケてるッ!」(土曜後8・00)が来年3月で終了することが2日、分かった。
      「みなおか」が前身番組から数えて30年、「めちゃイケ」が22年の歴史に幕を下ろす。テレビ史に刻まれる2大バラエティーの同時終了は「笑っていいとも!」終了以来の衝撃を呼びそうだ。

       「バラエティーのフジ」をけん引する存在だった2番組。「みなおか」は人気キャラクターや名物コーナーを送り出した。
      番組から生まれたユニットがNHK紅白歌合戦に出場するなど、局の枠を超えてブームをつくり、90年代には平均視聴率20%を超え「オバケ番組」と呼ばれた。
      「めちゃイケ」は斬新なコントや体を張った企画で若者のハートをキャッチ。04年10月には歴代最高となる視聴率33・2%を記録した。

       そんな国民的2番組がなぜ来年3月に終了するのか。ともに近年は視聴率争いで苦戦。5%台に落ち込むこともあり、改編期になると終了がささやかれていた。
      一方、かつて12年連続で視聴率3冠王を獲得したフジテレビも、視聴率の不振で業績が低迷。6月に亀山千広前社長に代わって就任した宮内正喜新社長の下、どんな大ナタを振るうか注目されていた。

       そんな中、来年4月に大改編を断行することを決断。20年以上にわたってフジテレビを支えてくれた2番組を終了させるのは難しいとの見方もあったが、
      「局の復活のためには聖域なき改革が必要」(同局関係者)という覚悟のもと、苦渋の決断に至った。

       「めちゃイケ」は4日の番組内で終了を発表するとみられる。番組の終了発表は約3カ月前が通例だが、約半年前に発表することになる。
      「みなおか」も近く発表することになりそうで、関係者は「残り半年を盛り上げていきたい」と説明。功労者の「花道」を準備し、盛り上げるために早めたようだ。
      14年3月に終了した「笑っていいとも!」と同様、2番組は今後、有終の美を飾るべくラストスパートに入ることになる。

       「みなおか」は88年に「とんねるずのみなさんのおかげです」としてレギュラー放送がスタート。ゴールデン・プライム帯の最長寿バラエティー番組として親しまれている。
      「めちゃイケ」は96年10月にスタート。ナインティナインのほか、極楽とんぼやよゐこら人気者がレギュラー出演する。

       「いいとも」「SMAP×SMAP」に続く、2大番組の終了。視聴者に一つの時代の終焉(しゅうえん)を思わせそうだ。


      とんねるずの石橋貴明(左)と木梨憲武
      no title

      「めちゃイケ」の出演者たち
      no title

      http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2017/11/03/kiji/20171102s00041000433000c.html


      前スレ(★1=2017/11/03 04:35:53.34)
      http://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1509667713/

      引用元: ・【テレビ】フジ「みなおか」&「めちゃイケ」来春終了 業績不振で大ナタ ★4

      【【テレビ】フジ「みなおか」&「めちゃイケ」来春終了 業績不振で大ナタ ★4 】の続きを読む

      1:  2017/11/03(金) 15:04:16.59 ID:CAP_USER9
      https://news.nifty.com/article/entame/playboy/12176-94248/
      2017年11月03日 11時00分 週プレNEWS

      坂本龍一のドキュメンタリー映画『Ryuichi Sakamoto: CODA』が11月4日より全国で公開になる。
      足掛け5年、途中、彼の病の発覚という、思わぬハプニングで中断を余儀なくされながらも無事に完成にこぎ着け、今年9月のヴェネチア国際映画祭で披露されると満場の喝采を浴びた。

      その内容は、彼の飽くなき音楽への探求とともに、東日本大震災の余波と彼自身の新境地がオーバーラップした、示唆(しさ)に富む旅路となっている。
      かつてここまで自身の素顔を人前に差し出すことのなかった彼がなぜ本作の企画を受け入れたのか。映画の印象とともに、その胸の内を語ってもらった。

      ―冒頭に、津波を被ったピアノを坂本さんが弾かれる場面が出てきます。本作がスタートしたのは2012年だそうですが、企画を承諾されたのは東日本大震災の影響も大きかったのでしょうか。

      坂本 そうですね。あの震災によって、久しぶりに日本で人々が通りに出て意思表示をするようになった。そんなことは長いことなかったでしょう? 
      あそこで日本の社会が変わるのかな、という淡い期待があった時です。だから僕の活動というより、僕を通して日本社会の変化をドキュメントしていくことは意味があると思いました。

      ―企画がスタートされてから今度は自身のご病気のことがわかり、内容にも影響を与えることになったのですか?

      坂本 ええ。すでに2年ぐらいは映画を撮っていて、3.11の後には新しいアルバムの制作過程を撮る予定でした。でも病気になってしまったのでアルバム制作自体がキャンセルになった。

      全く突然の出来事でいつ再開できるのかもわからないので、半年以上は撮影がストップしました。
      自分もシブルさん(スティーブン・ノムラ・シブル監督)も今後どうなっていくのかもちろんわからないという状況になってしまったんです。

      ―その後、回復されるに従って、ドキュメンタリーの方向性を考えるようになった?

      坂本 ドキュメンタリーのというより、今後、自分がどうなっていくかということがまずありました。事前に山田洋次監督の『母と暮せば』の音楽をやることになっていたので、そこから徐々に仕事に戻っていくつもりだったんです。

      でも、その制作を始める前にいきなりアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督から連絡があって、『レヴェナント:蘇えりし者』の音楽を作ってほしいと言われたんです。

      もちろん、まだちゃんと回復していないから難しいと言ったんですが、『そういう時はむしろ仕事をしたほうがいいよ』みたいなことを言われて(笑)。
      相当悩みましたけれど、結局引き受けることにして。まあ病気があって、回復途中に仕事もしなければならないというのは、ドキュメンタリーにとっては面白いネタなので(笑)、その様子も撮ることにしたんです。
      >>2以降に続きます)


      引用元: ・【音楽】坂本龍一が振り返る80年代“YMO”全盛期「本当にバラ色の時代だった…それだけ今が悪くなっているということ」

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